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<プライバシーの権利の歴史>
1 プライバシーの権利の歴史
(1)プライバシーの権利は、アメリカで生成、発達した権利です。そこでは、まず、私生活を暴露されない権利、ひとりで放っておいてもらう権利と捉えられ、私生活をイエロージャーナリズムから保護するために提唱されました。これを「古典的プライバシー」といいます。
この古典的プライバシーの考え方は、現代でも重要ですが、現在では、情報化社会(情報・データを集約して利用し、それ故、データの収集・管理・訂正・漏洩・利用が重要な社会)となったことを踏まえて、自己の情報をコントロールする権利として捉える見解が有力となりつつあります。
このようにプライバシー権の内容に何を盛り込むか議論はありますが、プライバシー権は憲法13条の幸福追求権により保障される、不法行為法で保護される権利と考える見解が一般的です。プライバシー権は、「国 対 私人」の関係で問題となることもありますが、「私人 対 私人」の関係で問題となることもあります。
後者では、例えば、私人のプライバシー権と私人の表現の自由との調整が必要となります。この点について、佐藤幸治氏は、被害者の性格(統治に責任ある公務員か、公的存在か、純然たる私人か)、公表される事実の性質(統治過程に直接関係する事項か、公の利益にかかわる事項か、全くの私的事項か)を考慮しつつ、自由な情報流通を不用意に阻害することにならないよう慎重な配慮が要請されるとする(佐藤幸治・日本国憲法論(2011年・成文堂)268頁)。
2 判例
(1)宴のあと事件・東京地方裁判所昭和39年9月28日判決
【事案】モデル小説(出版社はモデル小説であることを売りにした広告を出していた)の対象となった政治家(衆議院議員や外務大臣等を歴任し、都知事選挙に落選した人物)が、プライバシー権侵害の不法行為を主張し提訴した事件
【裁判所の見解】
プライバシー権を「私生活をみだりに公開されない権利」と定義した上、①ないし③の要件(※)を満たす場合、プライバシー権侵害が成立するとし、たとえ報道の対象が公人、公職の候補者であっても、無差別、無制限に私生活を公開することが許されるわけではないとし、本件では、プライバシー権の侵害を認め、損害賠償請求を認容した。なお、事件は、第二審で和解が成立し解決した。
① 私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがらであること。[私事]
② 一般人の感受性を基準として、当該私人の立場に立った場合公開を欲しないであろうと認められることがらであること、公開されることによって心理的な負担、不安を覚えるであろうと認められることがらであること。[秘密]
③ 一般の人々に未だ知られていない事柄であること。[未知]
※ 長谷部恭男・憲法第6版(2014年・新世社)149頁は、②の要件を2つに分けて、四要件と解する様であるが、一般的には、三要件と解されている。
(2)日本の裁判所が初めてプライバシー権に言及したのは、この判決でした。この事案は、私人のプライバシー権と私人の表現の自由との調整がテーマです。これ以外の判例の発展は以下でとりあげます。
【参考・参照文献】
芦部・憲法(1993年・岩波書店)103頁、佐藤幸治・日本国憲法論(2011年・成文堂)181頁、渋谷秀樹・憲法第2版(2013年・有斐閣)402頁、赤坂正浩・憲法講義(人権)(2011年・信山社)272 頁
<プライバシーに対する不法行為判例の捉え方>
1 古典的プライバシーに関するもの
□ 「宴のあと」事件判決(東京地判昭和39年9月28日)
2 判例の展開
(1)ノンフィクション「逆転」事件判決(最判平成6年2月8日)
(2)「プライバシー」の用語を使用するが、概念定義をしないもの
① 最判平成7年9月5日
② 「石に泳ぐ魚」事件判決
最判平成14年9月24日
(3)「プライバシー」の用語を使用し、一応概念定義をするもの
① 最判平成15年3月14日
② 最判平成15年9月12日
3 古典的プライバシーと現代的プライバシーとの関係
4 プライバシー侵害が不法行為となる要件
【参考・参照文献】
□ 山本周平 講座点と点をつなぐ不法行為判例第11回「プライバシー侵害による不法行為」(法学教室527号66頁)
<前科照会事件>
【事案】
XA間で係争事件があったところ、Aの代理人弁護士が訴訟活動のために弁護士法に定める弁護士照会制度を利用してXの前科を京都市に照会した。京都市はこれに回答した。Xは、京都市を相手方として国家賠償請求訴訟を提起した。
【最高裁判所昭和56年4月14日判決】
① 前科・犯罪経歴は人の名誉・信用にかかわり、これをみだりに公開されないのは法律上の保護に値する利益である。市区町村長が漫然と弁護士照会制度への応じ、漫然と、犯罪の種類・軽重を問わず、前科等の全てを報告することは、違法となる。
②(伊藤正己裁判官補足意見)前科は個人のプライバシーのなかで最も他人に知られたくないものの一つであるから、裁判のための公開であっても、その公開が公正な裁判の実現のために必須のものであり、他に代わるべき立証手段がないときなどのように、プライバシーに優越する利益が存在するのでなければ許されない。
【評釈等】
① 法廷意見は、プライバシー権という用語は使用していないが、プライバシー権(自己情報コントロール権)として理解できる(佐藤幸治)。
② XA間での係争において、Xの前科についての情報がどの程度同係争の帰趨に影響する事柄であるのかを検討する必要がある。必要性が高ければ、伊藤正己裁判官補足意見の見られる利益衡量的発想により許容される場合がある。問題は、この判断についてのリスクを照会先に負わせることは無理があると思う。いきおい、照会先は、リスクを回避するため、回答しないという選択をしがちであり、そうすると、弁護士法照会制度が機能しなくなる。この観点らから、事後的な判断として回答は許されなかったといえる場合でも、回答は違法といえない余地を残しておく必要はあるかと思う。
② 本件と、プライバシー情報と検索結果からの削除についての最高裁平成29年1月31日決定との関係を考える必要がある。
本件は、前科が公になっていない事案で公権力対私人の問題であり、後者は、前科が公になっている事案で私人対私人の問題であると整理した上で、後者では、検索事業者の表現の自由にも十分な配慮が必要であった事案ではないかと思う。
<プライバシー情報と検索結果からの削除>
【事案】
Xは、児童買春したことを理由に平成23年11月に逮捕され(本件事実)、その後、罰金刑に処せられた。本件事実は、逮捕当日に報道され、その内容がインターネット上の電子掲示板に書き込まれた。Xが居住する県名とXの氏名を条件としてグーグル(Y)の検索システムで検索すると、本件事実等が書き込まれたウエブサイトのURL情報等がヒットする(本件検索結果)。Xは、Yに対し、人格権、人格的利益に基づき、本件検索結果の削除を求めるため仮処分命令を申し立てた。原々決定(さいたま地方裁判所)はXの申立てを認め、原決定(東京高等裁判所)はXの申立てを却下した。Xの原々決定申立ては、Xの罰金納付から3年以上経過していた。
【最高裁判所第三小法廷平成29年1月31日決定(判例タイムズ1434号48頁)】
1 利用者の求めに応じてインターネット上のウェブサイトを検索し、ウェブサイトを識別するための符号であるURLを検索結果として当該利用者に提供する事業者が、ある者に関する条件による検索の求めに応じ、その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL並びにウェブサイトの表題及び抜粋を検索結果の一部として提供する行為の違法性の有無について、当該事実の性質及び内容、当該URL等が提供されることによって当該事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、その者の社会的地位や影響力、上記記事等の目的や意義、上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、上記記事等において当該事実を記載する必要性など、当該事実を公表されない法的利益と当該URL等を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断し、当該事実を公表されない法的利益を優先することが明らかな場合には、上記の者は、上記事業者に対し、当該URLなどを検索結果から削除することを求めることができる。
2 本件事実は、他人にみだりに知られたくないXのプライバシーに属する事実であるものではあるが、児童買春が児童にに対する性的搾取及び性的虐待と位置付けられており、社会的に非難の対象とされ、罰則をもって禁止されることに照らし、今なお公共の利益に関する事項であるといえる。また、本件検索結果はXの居住する県名及びXの氏名を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると、本件事実が伝達される半はある程度限られたものであるといえる。
Xが妻子と共に生活し、罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることがうかがわれることなどの事情を考慮しても、本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない。
結論として、Xの削除請求を認めなかった。
【評釈等】
① 事実を公表されない利益が優越することが明らかなことを要件とした趣旨は、削除の可否に関する判断が微妙な場合における安易な検索結果の削除は認められるべきではないという観点からのものである(判例タイムズ評者)。
② 犯罪事実報道の公共利害性はいささかも否定するつもりはないが、本件犯罪の性質、3年間という時間の経過、Xが一私人であること、インターネット検索の現状(誰でも容易に検索できる)等を考慮すると、Xにとっては厳しいと判断であったといえる。
【最高裁判例】京都府学連事件
最高裁判所大法廷昭和44年12月24日判決(最高裁判所刑事判例集23巻12号1625頁、公務執行妨害・傷害被告事件)
(事案・争点)
警察官が、デモ行進参加者が公安条例や道路交通法に反するデモに及んだ場合、証拠保全のため、対象者及び対象者の周辺の者の容ぼうや姿態をこれらの者の承諾なしに撮影することは、憲法13条に違反しないか。
(判旨)
① 権利性
憲法13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定しているのであって、これは、国民の私生活上の自由が、警察権等の国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものということができる。
そして、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するものというべきである。
これを肖像権と称するかどうかは別として、少なくとも、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法13条の趣旨に反し、許されないものといわなければならない。
② 権利の制限
個人の有する右自由も、国家権力の行使から無制限に保護されるわけでなく、公共の福祉のため必要のある場合には相当の制限を受けることは同条の規定に照らして明らかである。そして、犯罪を捜査することは、公共の福祉のため警察に与えられた国家作用の一つであり、警察にはこれを遂行すべき責務があるのであるから(警察法2条1項参照)、警察官が犯罪捜査の必要上写真を撮影する際、その対象の中に犯人のみならず第三者である個人の容ぼう等が含まれても、これが許容される場合がありうるものといわなければならない。
そこで、その許容される限度について考察すると、身体の拘束を受けている被疑者の写真撮影を規定した刑訴法218条2項のような場合のほか、次のような場合には、撮影される本人の同意がなく、また裁判官の令状がなくても、警察官による個人の容ぼう等の撮影が許容されるものと解すべきである。
(a)現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合
(b)証拠保全の必要性および緊急性
(c)その撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法
このような場合に行なわれる警察官による写真撮影は、その対象の中に、犯人の容ぼう等のほか、犯人の身辺または被写体とされた物件の近くにいたためこれを除外できない状況にある第三者である個人の容ぼう等を含むことになつても、憲法13条、35条に違反しないものと解すべきである。
③ ・・・状況は、京都府公安委員会が付した「行進隊列は四列縦隊とする」という許可条件および京都府中立売警察署長が道路交通法七七条に基づいて付した「車道の東側端を進行する」という条件に外形的に違反する状況であつたこと、そこで、許可条件違反等の違法状況の視察、採証の職務に従事していた京都府山科警察署勤務の巡査Cは、この状況を現認して、許可条件違反の事実ありと判断し、違法な行進の状態および違反者を確認するため、木屋町通の東側歩道上から前記被告人の属する集団の先頭部分の行進状況を撮影したというのであり、その方法も、行進者に特別な受忍義務を負わせるようなものではなかつたというのである。
右事実によれば、C巡査の右写真撮影は、
(a)現に犯罪が行なわれていると認められる場合になされたものてあつて、しかも(b)多数の者が参加し刻々と状況が変化する集団行動の性質からいつて、証拠保全の必要性および緊急性が認められ、(c)その方法も一般的に許容される限度をこえない相当なものであつたと認められるから、たとえそれが被告人ら集団行進者の同意もなく、その意思に反して行なわれたとしても、適法な職務執行行為であった。