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○ 民法1004条(遺言書の検認)
1項 遺言書の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならない。遺言書の保管者がない場合において、相続人が遺言書を発見した後も、同様とする。
2項 前項の規定は、公正証書による遺言については、適用しない。
3項 封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ、開封することができない。
1 遺言書の検認の意義
遺言の方式の具備について事実を調査し、遺言書の現状を確証する手続である。一種の検証又は証拠保全手続といえる。
し遺言書の効力を判断する手続ではない。
2 検認が不要な遺言
① 公正証書遺言 本条2項
② 遺言書保管所に保管されている遺言書(法務局における遺言書の保管等に関する法律11条)
遺言書に該当するか否か疑問のある場合においても、「遺言書」の範囲を広くとらえ、検認の申立てをすべきである(文献⑤177頁)。偽造された遺言書又は内容が単なる子孫に対する訓戒に過ぎない場合でも、申立てを却下すべきではない(文献⑤177頁)。
3 検認の手続
家事事件手続法39条、別表第1[103の項]
(1)検認期日の通知
裁判所書記官は、申立人・相続人に対し、検認期日を通知する(家事事件手続規則115条1項)。知れたる受遺者に対しても通知される。
民法1004条3項について、所定の者に期日の通知をして立会いの機会を与えればよく、実際に立ち会わなくても、開封手続は実施できる。
(2)検認期日
① 家庭裁判所の調査 家事事件手続規則113条
② 検認調書の作成 家事事件手続法211条、家事事件手続規則114条
(3)検認を実施した旨の通知
裁判所書記官は、検認期日に立ち会わなかった相続人、受遺者、その他の利害関係人(家事事件手続規則115条1項の通知を受けた者を除く)に対し、検認された旨通知する。家事事件手続規則115条2項
(4)その他
① 不服申立て できない。
② 取下げの制限
家庭裁判所の許可が必要 家事事件手続法212条
○ 民法1005条(過料)
前条の規定により遺言書を提出することを怠り、その検認を経ないで遺言を執行し、又は家庭裁判所外においてその開封をした者は、五万円以下の過料に処する。
○ 民法1006条(遺言執行者の指定)
1項 遺言者は、遺言で、一人又は数人の遺言執行者を指定し、又はその指定を第三者に委託することができる。
2項 遺言執行者の指定の委託を受けた者は、遅滞なく、その指定をして、これを相続人に通知しなければならない。
3項 遺言執行者の指定の委託を受けた者がその委託を辞そうとするときは、遅滞なくその旨を相続人に通知しなければならない。
1 遺言執行者となることができる資格
(文献⑦552頁)
(1)自然人、法人
相続人も可
(2)未成年者、破産者
資格がない(民法1009条)。
基準時点 遺言の効力発生時(遺言者の死亡時)ではなく、
就任承諾時(任務開始時)で判断する。
(3)成年被後見人、被保佐人、被補助人
そのような地位にあることのみをもって、資格がないというわけではない。
2 遺言執行者の選任
① 遺言者の遺言で指定する場合 本条1項
② 遺言者から遺言執行者の指定の委託を受けた者が指定する場合 本条2項
遺言執行者に指定された者は、就任について諾否の自由がある(文献⑦553頁)。
③ 家庭裁判所が利害関係人の請求により選任する場合
1010条、家事事件手続法39条、別表第1[104]項
○ 民法1007条(遺言執行者の任務の開始)
1項 遺言執行者が就職を承諾したときは、直ちにその任務を行わなければならない。
2項 遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない。(平成30年改正により新設)
1 平成30年改正により、第2項を追加した。
① 遺言執行
ⅰ 遺言執行者がいない場合
相続人が行う。
ⅱ 遺言執行者がいる場合
遺言執行者が行う。/相続人の権限は排除される。
→ 相続人は、遺言の内容及び遺言執行者の有無を知る必要がある。
→ 相続人が遺言の内容及び遺言執行者の有無を知る機会を確保
→ 遺言執行者に相続人に対する通知義務
2 遺言執行者が就職を承諾していることが前提とされている。
○ 民法1008条(遺言執行者に対する就職の催告)
相続人その他の利害関係人は、遺言執行者に対し、相当の期間を定めて、その期間内に就職を承諾するかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。
この場合において、遺言執行者が、その期間内に相続人に対して確答をしないときは、就職を承諾したものとみなす。
○ 民法1009条(遺言執行者の欠格事由)
未成年者又は破産者は、遺言執行者となることができない。
○ 民法1010条(遺言執行者の選任)
遺言執行者がないとき、又はなくなったときは、家庭裁判所は、利害関係人の請求によって、これを選任することができる。
(文献⑦553頁)
1 家事事件手続法別表第一104の項
2 利害関係人
① 相続人、② 受遺者、③ ①②の債権者、不在者財産管理人、相続債権者、相続財産管理人 など
3 遺言執行者がない場合
(例)遺言執行者の指定がされなかった。指定された者が就職を拒絶した。
4 遺言執行者がなくなった場合
(例)就職した遺言執行者が死亡した、辞任した、解任された。
○ 民法1011条(相続財産の目録の作成)
1項 遺言執行者は、遅滞なく、相続財産の目録を作成して、相続人に交付しなければならない。
2項 遺言執行者は、相続人の請求があるときは、その立会いをもって相続財産の目録を作成し、又は公証人にこれを作成させなければならない。
(文献⑦556頁)
1 遺言執行者の執行すべき遺言内容が財産に関するものである場合に限られる。
2 特定の財産に関する遺贈、特定財産承継遺言が問題となる場合は、当該財産に関する目的を作成すれば足りる。
○ 民法1012条(遺言執行者の権利義務)
1項 遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
2項 遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができる。(平成30年改正により新設)
3項 第644条(受任者の注意義務)、第645条から第647条まで(受任者の義務と責任)及び第650条(受任者による費用等の償還請求等)の規定は、遺言執行者について準用する。(平成30年改正により新設)
旧1012条(遺言執行者の権利義務)
遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
1 総論
(1)遺言執行者の職務内容=遺言の内容の実現
文献⑦【CASE 562】
(2)(1)のために、
① 相続財産の管理、② 遺言執行の妨害の排除、
③ ①②のほか、遺言執行に必要な一切の行為
2 本条1項
平成30年改正法は、「遺言の内容を実現するため」という文言を付加して、遺言の適正かつ迅速な執行の実現を図るという遺言執行者の地位の明確化した。
遺言執行者者がいない場合、遺言の執行は、相続人が行う事となる。
しかし、例えば相続人と受遺者が利害対立している場合は、相続人による遺言の執行が、適正かつ迅速に行われることは期待できない。そこで、遺言執行者が必要となる。
旧法は、遺言執行者の法的地位や役割(下記①②)について規定が明確ではなく、相続人との関係に関して誤解され得る定めとなっていた(旧1015条 ※)。そこで、規定を整備した。
① 遺言者の意思と相続人の利益が対立する場合
遺言者の意思を実現するため職務を行う。
なお、旧1015条の改正。
② 破産管財人のような中立的な立場で職務を行うことは期待されていない。
※ 最判昭和30年5月10日
遺言執行者の任務は、遺言者の真実の意思を実現することにあるから、民法1015条の規定(文言)にかかわらず、必ずしも相続人の利益のためにのみ行為すべき責務を負うものとは解されない。
3 本条2項
「遺言執行者の権限を定めること自体を目的としたもの」(1014条2項~4項参照)ではなく、「遺贈義務の履行を相続人と遺言執行者のいずれがすべきなのか明確にした」規定である(文献⑦562頁)。
遺言執行者が遺言の執行として遺贈の履行をする権限を有することを明記した。
遺贈は、特定遺贈、包括遺贈を問わない。遺言執行者が、遺贈義務者となる。
最判昭和43年5月31日
受遺者が相続人に対し特定遺贈された不動産について目的不動産の所有権移転登記手続請求をした事案で、相続人には被告適格はなく、遺言執行者だけが被告適格を有する。
4 遺言執行者の権利義務各論Ⅰ文献⑦558頁)
(1)基本
【CASE 564】動産(絵画)の引渡請求
【CASE 565】所有権移転登記の抹消または真正な登記名義の回復を理由とする所有権移転登記/差押登記の抹消
【CASE 566】遺留分侵害を理由とする金銭給付請求 履行は遺言執行者の職務に属するとはいえない。→遺言執行者は被告適格を欠く。
(2)訴訟追行権
【CASE567】
(3)相続債務の弁済・管理権限
当該遺言において、遺言執行者に対し遺産に関するどこまでの管理権限・処分権限が与えられたのかという遺言の解釈問題である(文献⑦560頁)。
<事案>A:被相続人 W:被相続人の妻(相続人) X・Y:被相続人の子(相続人)遺産(資産):甲土地、1000万円の預金債権 遺産(負債):Gに対する800万円貸金債務 B:遺言執行者
Y:受遺者 D:包括受遺者
【CASE568】
甲土地を対象とする特定財産承継遺言
→ それとは関係がない相続債務について、遺言執行者は、弁済をする権限も義務もない。
【CASE569】
相続債務も包括受遺者に承継される。
→ 遺言執行者には、相続債務を管理する権限はある。
→ 遺言執行者には、相続債務を弁済する権限があり、また、事案(相続債権者が遺言執行者に対し債務の弁済を求めた場合等)によっては、善良な管理者の注意義務より、相続債務を弁済する義務がある。
【CASE570】
遺言の内容:特定財産承継遺言の対象資産を売却したうえ相続債務を精算すること(清算事務)
→ 遺言執行者には、相続債務を弁済する権限があり、また、義務がある。
【CASE571】
特定財産承継遺言の対象:Gに対する預金債権
Gは、貸金債権を自働債権とし、Yが相続した預金債権を受働債権とし、対当額で相殺する旨の通知を遺言執行者に対しした。
(4)特定遺贈と遺言執行者の権限
【CASE572】
遺言執行者は、受遺者に対し、対抗要件を備えるために必要な手続をする義務(対抗要件具備義務【CASE573】)対象物件の占有を受遺者に移転する義務を負う。
受遺者が遺贈義務の履行を求めて訴え提起する場合
→ × 相続人 ○ 遺言執行者
【CASE573】
定期金遺贈:定期金債権を発生させることを内容とする遺言
遺言の効力発生により、受遺者が相続人に対する金銭債権を取得することにより、遺言内容は実現されている。
受遺者が金銭の支払を求めて訴え提起する場合
→ ○ 相続人 ×遺言執行者
【CASE574】
相続人が遺贈を原因とする所有権移転登記の抹消を求める場合
最判昭和51年7月19日
登記手続完了により、遺言執行者の任務は終了
→ × 遺言執行者 ○ 受遺者
5 遺言執行者の権利義務各論Ⅱ(文献⑦564頁)
(1)特定財産承継遺言について、遺言執行者が対象財産を管理する権限を有するか?相続人への引渡義務を負うか?
個々の遺言の内容によって異なる。
【CASE576】
遺言書に当該不動産の管理及び相続人への引渡しを遺言執行者の職務とする旨の記載がある等の特段の事情のない限り、遺言執行者はかかる義務を負わない。最判平成10年2月27日
【CASE577】貸金庫内の目的物について遺産分割方法の指定がされ、遺言執行者が選任されている場合
遺言者は、遺言の実効的な執行のために、受益相続人にこれを引き渡すことを遺言執行者の職務として指定したと解釈できる場合が多い。(平成30年改正立案担当者)
(2)特定財産承継対象財産の支配妨害と妨害排除の権限
【CASE578】
最判平成11年12月16日
(但し、平成30年改正法前の事案)
① 遺言執行者は、遺言執行の一環として、妨害を排除するため、所有権移転登記(共有登記により、受益相続人以外の相続人に登記がされた。)の抹消登記手続を求めることができる。
② 受益相続人への真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めることもできる。
③ 受益相続人において所有権に基づき同様の登記手続請求をすることができるが、このことは、遺言執行者の職務権限に影響を及ぼさない。
6 遺言執行者の権利義務各論Ⅲ(文献⑦570頁)
(1)包括遺贈における遺言執行者の要否及び役割
① 包括遺贈における受遺者=相続人と同一の権利義務(900条)→遺言の効力発生と同時に遺言の内容が実現される。→執行行為不要(原則)
② 不動産所有権移転登記手続について
受遺者:相続人以外 遺言執行者・受遺者の共同申請
受遺者:相続人
ⅰ 受遺者が単独で申請できる。
ⅱ 遺言執行者も単独で申請できる。
(解釈:1014条2項類推)
(2)遺言執行者による受遺者の選定
【CASE585】
遺言で受遺者が明確になっていない場合、遺言執行者は、受遺者を選定できるか。
最判平成5年1月19日
① 遺言執行者の指定
② 包括遺贈
③ ①と②を一体として捉えるならば、
受遺者の選定を遺言執行者に委託する内容と理解できる。
7 遺言執行者の権利義務各論Ⅳ(文献⑦577頁)
貸金庫の開披、内容物の引渡し
○ 民法1013条(遺言の執行の妨害行為の禁止)
1項 遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。
2項 前項の規定に違反してした行為は、無効とする。ただし、これをもって善意の第三者に対抗することができない。(平成30年改正により新設)
3項 前二項の規定は、相続人の債権者(相続債権者を含む。)が相続財産についてその権利を行使することを妨げない。(平成30年改正により新設)
旧1013条(遺言の執行の妨害行為の禁止)
遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。
1 本条1項
平成30年改正前の法である旧1013条1項と同じ。
2 本条2項本文
相続人がした旧1013条1項に違反する処分行為は無効である(判例 ※)。平成30年改正法は、新たに規定を設け、この趣旨を確認した。
遺言執行者が有る場合においても、相続開始により相続人に権利が移転しているが、遺言執行者による遺言の円滑な執行を確保する趣旨から、「財産の帰属主体と管理・処分権限を有する者とを分離」した上、相続人の処分権を制限した。文献⑦573頁
※ 最判昭和62年4月23日
「遺言執行者がある場合」には、遺言執行者として指定された者が就任を承諾する前も含む。
3 本条2項ただし書
(1)平成30年改正前において、相続人がした旧1013条1項に違反する処分行為は絶対無効とし対抗問題で処理しないのが判例であった。
他方、判例は、遺言執行者がいない事案では、受遺者と相続人による処分の相手方との関係を対抗問題としていた。文献⑦【CASE589】
これらについて、平成30年改正法は、善意者保護の考え方を採り入れ、遺言の内容を知り得ない第三者の取引の安全を図った。
(2)善意 文献⑦573頁
遺言執行者がおり、その財産の処分権限が遺言執行者にあることを知らなかったこと。
第三者に善意について主張立証責任がある。
善意の場合:処分権限の法定追完
第三者と受遺者等とが対抗問題となる場合、善意の第三者は所有権を取得を受遺者等に対抗するため、所有権移転登記を具備する必要がある。
4 本条3項
(1)債権者の権利行為は妨げられないとの原則を確認した。
平成30年改正法は、遺言による遺産分割の指定及び相続分の指定について対抗要件主義を採用した(新899条の2第1項)。
→ 対抗要件を先に具備すれば、相続債権者や相続人の債権者が優先するが、この法理は、遺言執行者がいる場合であっても当てはまる。
(2)
文献⑦【CASE590】差押債権者:相続債権者
相続の前後で、相続債権者の法的地位が大きく変動し、相続債権者の権利行使が妨げられることは妥当ではない。
文献⑦【CASE591】差押債権者:相続人の債権者
相続債権者と相続人の債権者とは原則として同順位である。→ 相続債権者に権利行使を認める以上、相続人の債権者にも権利行使を認めるべき。
遺言執行者の有無にかかわらず、差押債権者との関係では、遺言者(被相続人)から相続人へ権利変動があるものとして取り扱われる。
(3)債権者の権利行使が相殺の場合
文献⑦【CASE592】
○ 民法1014条(特定財産に対する遺言の執行)
1項 前3条の規定は、遺言が相続財産のうち特定の財産に関する場合には、その財産についてのみ適用する。
2項 遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の1人又は数人に承継させる旨の遺言(以下「特定財産承継遺言」という。)があったときは、遺言執行者は、当該共同相続人が第899条の2第1項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる。(平成30年改正により新設)
3項 前項の財産が預貯金債権である場合には、遺言執行者は、同項に規定する行為のほか、その預金又は貯金の払戻しの請求及びその預金又は貯金に係る契約の解約の申入れをすることができる。
ただし、解約については、その預貯金債権の全部が特定財産承継遺言の目的である場合に限る。(平成30年改正により新設)
4項 前2項の規定にかかわらず、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従う。(平成30年改正により新設)
旧1014条(特定財産に対する遺言の執行)
前3条の規定は、遺言が相続財産のうち特定の財産に関する場合には、その財産についてのみ適用する。
1 特定財産承継遺言
民法908条の「遺産分割の方法の指定」には下記①②がある。
① 遺産分割の方式を指定するもの
② 遺産分割により特定の遺産を特定の相続人に取得させることを指定するもの
本条2項の対象は②である。
従来の「相続させる遺言」が特定財産承継遺言に当たると考えられている。
最判平成3年4月19日(香川判決)
① 遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り、遺産の分割の方法を定めた遺言である。
② 当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡時(遺言の効力発生時)直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継される。
2 対抗要件具備(本条2項)(平成30年改正により新設)
(1)総論
下記①②の理由より、対抗要件具備について、遺言執行者の権限であることが明らかにされた。
① 対抗要件具備は、本来、遺言の執行に必要な行為であること。
② 平成30年改正法は、遺産分割方法の指定による法定相続分を超える権利変動についても対抗要件主義を採用した(新899の2)。遺言執行者において、遺言内容の実現のために、速やかに対抗要件を具備させる必要性が高まった。副次的に、相続登記の促進を図る効果も期待できる。
受益相続人のために事務を行うというよりも、対抗要件を具備させる義務を負っている相続人の立場として事務を行う。
(2)不動産
相続させる遺言と遺言執行者の登記義務に関して、改正前の法における判例は、次のとおりである。
① 最判平成7年1月24日
不動産が被相続人名義である限り、受益相続人は単独で登記申請ができる(不動産登記法63条2項)。
→ 遺言執行者の職務は顕在化せず、遺言執行者は登記手続をすべき権利義務を有しない。
② 最判平成11年12月16日
受益相続人以外の相続人が不動産について自己名義への所有権移転登記を経由したたため、遺言の実現が妨害されている場合
→ 受益相続人は当該相続人に対し登記手続請求をすることができるが、このことは、遺言執行者の職務権限に影響を与えない。
本条2項は、②の判例を明文化したものである。
文献⑦567頁【CASE579】
受益相続人のみならず、遺言執行者にも、登記申請権限がある。
3 預貯金債権の特則(本条3項)(平成30年改正により新設)
(1)預貯金の払戻しの請求
預貯金債権を特定の相続人に相続させる旨の遺言がされた場合、受益相続人に名義変更するのではなく、遺言執行者が払戻しの手続をすることが行われていた。
しかるに、旧法では、遺言執行者が当該預貯金の払戻しや預貯金契約の解約の申入れをすることができるかについては明文規定がなかった。
そこで、上記の場合、遺言執行者に払戻し等の権限がある旨明文化した。これは、遺言執行者の意思に沿うともいえる。
文献⑦568頁【CASE582】
遺言の実質が「預貯金額を特定の相続人に与える」ことにあるから、預貯金を払い戻すことを遺言執行者の任務とし、この払戻しによって得る金額を特定の相続人に与えれば足りる。
(2)預貯金契約の解約
預貯金の一部について遺産分割方法の指定がされた場合には、遺言執行者は、当該一部について払戻しの請求はできるが、預貯金の全部を解約する権限はない。この場合に、遺言執行者に預貯金契約の解約権限を認めると、受益相続人以外の相続人の利益を害するおそれがあるためである。
文献②569頁【CASE583】
預貯金の一部のみを特定の相続人に相続させる遺言
預貯金契約の解約は、契約者としての地位を承継した共同相続人全員で行う。
(3)非適用(文献①118~119頁)
① 預貯金以外の金融商品
② 遺贈
①②については、法律上当然には、遺言執行者に預貯金の払戻しや預貯金契約の解約の権限はなく、解釈に委ねられる。
○ 民法1015条(遺言執行者の行為の効果)(平成30年改正)
遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に対して直接にその効力を生ずる。
旧1015条(遺言執行者の行為の効果)
遺言執行者は、相続人の代理人とみなす。
1 遺言執行者の役割:遺言者の意思の実現
遺言執行者:本来は、遺言者の代理人
2 遺言執行者は、「相続人の利益のために」ではなく、「遺言者の意思の実現」のために職務を行う。それは、時として、相続人の利益に反することもある。
この点に関して、旧1015条の遺言執行者を相続人の代理人とみなす規定は、必ずしも遺言執行者の地位や職務を的確に表現しているとはいえず、遺言者の意思と相続人の利益が相反する場合には相続人の誤解を生むおそれすらあった。
これを受けて、平成30年改正法は、旧1015条の実質的な意味が遺言執行者の行為が相続人に帰属するということにある([ⅰ]遺言執行者=遺言者の代理人、[ⅱ]遺言の効力発生時には、遺言者[本人に当たる]は死亡、[ⅲ]遺言者の地位は相続財産管理人に承継される。[ⅳ][ⅰ][ⅱ][ⅲ]より、遺言執行者=<擬制>=相続人の代理人、文献⑦555頁)として、その旨表現を改めた。
改正前の実務と変わるところはないと思われる。
3 遺言執行者であることを示して文献⑦【CASE587】
代理における顕名に対応するものであるが、法律行為の帰属主体である相続人全員を明示することまでは必要とされていない。
○ 民法1016条(遺言執行者の復任権)(平成30年改正)
1項 遺言執行者は、自己の責任で第三者にその任務を行わせることができる。
ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
2項 前項本文の場合において、第三者に任務を行わせることについてやむを得ない事由があるときは、遺言執行者は、相続人に対してその選任及び監督についてののみを負う。
旧1016条(遺言執行者の復任権)
1項 遺言執行者は、やむを得ない事由がなければ、第三者にその任務を行わせることができない。
ただし、遺言者がその遺言に反対の意思を表示したときは、この限りでない。
2項 遺言執行者が前項ただし書の規定により第三者にその任務を行わせる場合には、相続人に対して、第105条に規定する責任を負う。
文献⑦556頁、【CASE 563】
1 遺言執行者の復任権
遺言執行者は、法定代理人と解されている。
平成30年改正前:やむを得ない事由に限定
遺言執行者が遺言者の信頼関係に基づいて選任される、従って任意代理人に近い立場であることを考慮して、復任権を制限していた(任意代理の場合、復任権を制限しても、必要があれば、本人の許諾を得て復代理人を選任すればよいという考え方がある。)。
しかし、法定代理人は職務範囲が広範であり、特に、遺言執行者については法的手続等について弁護士等法律専門家に依頼する必要性が認められる。この点、改正前において、判例(大審院)は、遺言執行者の任務の一部について委任することは認めていた。
ところが、法文上はやむを得ない場合とされており、また、復任の許諾をする本人もいない。
→ 法定代理人と同様の要件(民法105条前段)で、復任権を認める。
2 1項本文:任意規定
1項ただし書:遺言者の別段の意思が優先する。
3 遺言執行者が復任した場合における責任
やむを得ない事由がある場合
→ 法定代理人の復任(民法105条後段)と同様、選任及び監督についてのものに制限される。
○ 民法1017条(遺言執行者が数人ある場合の任務の遂行)
1項 遺言執行者が数人ある場合には、その任務の遂行は、過半数で決する。
ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
2項 各遺言執行者は、前項の規定にかかわらず、保存行為をすることができる。
(文献⑦552頁)
1 別段の意思(1項ただし書)
例:遺言者が、執行事項毎に、各遺言執行者の担当を遺言で指示した。
2 保存行為(2項)
例:債権の取立て、時効の完成を妨げる措置
○ 民法1018条(遺言執行者の報酬)
1項 家庭裁判所は、相続財産の状況その他の事情によって遺言執行者の報酬を定めることができる。
ただし、遺言者がその遺言に報酬を定めたときは、この限りでない。
2項 第648条第2項及び第3項(受任者の報酬)並びに第648条の2(成果等に対する報酬)の規定は、遺言執行者が報酬を受けるべき場合について準用する。
文献⑦557頁
1 遺言執行者の報酬は、遺言執行の費用に当たる。
相続財産に関する費用に準じて、相続人から支払われるべき。
2 遺言執行者の報酬の決定方法
優先順位 ①→②→③
① 遺言
② 相続人・受遺者と遺言執行者との間の協議
③ 家庭裁判所の決定
家事事件手続法別表第一の105項
3 報酬支払の時期等
① 執行行為の終了後 本条2項→民法648条2項準用
○ 民法1019条(遺言執行者の解任及び辞任)
1項 遺言執行者がその任務を怠ったときその他正当な事由があるときは、利害関係人は、その解任を家庭裁判所に請求することができる。
2項 遺言執行者は、正当な事由があるときは、家庭裁判所の許可を得て、その任務を辞することができる。
1 解任
家事事件手続法別表第1[106]項
2 辞任の許可
家事事件手続法別表第1[107]項
○ 民法1020条(委任の規定の準用)
第654条(委任の終了後の処分)及び第655条(委任の終了の対抗要件)の規定は、遺言執行者の任務が終了した場合について準用する。
1 遺言執行者の解任
文献⑦【CASE595】
利害関係人:遺言執行に法律上の利害を有する全ての者
「例」相続人、受遺者、相続債権者
正当な事由:遺言執行者の作為・不作為により、遺言の公正な実現を期待できない状況が生じていること。
解任:家庭裁判所の権限による遺言執行者の地位の剥奪
2 遺言執行者の辞任
文献⑦【CASE596】
正当な事由:疾病、長期不在、相続人間の敵対関係により、遺言執行に対する意欲を喪失
○ 民法1021条(遺言の執行に関する費用の負担)
遺言の執行に関する費用は、相続財産の負担とする。
ただし、これによって遺留分を減ずることができない。
1 遺言執行費用
① 遺言執行者の報酬
② 遺言書の検認の手続費用 民法1004条
③ 相続財産の目録の作成費用 民法1011条
④ 相続財産の管理その他遺言の執行に必要な行為についての費用 民法1012条
⑤ 遺言執行者の職務代行者の報酬 家事事件手続法215条
【参考・参照文献】
下記文献を参考・参照して作成しました。
① 堂薗幹一郎・野口宣大編著 一問一答・新しい相続法(第2版)(2020年、商事法務)111頁
② 潮見佳男編著・民法(相続関係)改正法の概要(2019年、金融財政事情研究会)47頁(吉永一行)
③ 中込一洋・実務解説改正相続法(2019年、弘文堂)頁④ 常岡史子 家族法(2020年、新世社)499頁
⑤ 梶村太市・石井久美子・貴島慶四郎・芝口典男編 相続・遺言・遺産分割(2022年、青林書院)176頁
⑥ 松岡久和・中田邦博編 新・コンメンタール民法(家族法)(2021年、日本評論社)417頁(川淳一)
⑦ 潮見佳男 詳解相続法第2版(2022年、弘文堂)550頁